2021年のノーベル物理学賞にアメリカにあるプリンストン大学上席研究員の真鍋淑郎(まなべしゅくろう)90歳が受賞しました。真鍋しゅくろう氏は1950年代に渡米しコンピューターを用いて気候変動を分析する分野を開拓。CO2濃度の上昇が大気中や海洋にどれくらいの影響を及ぼすのかをどこよりも早く先駆け、現代の地球温暖化予測の枠組みを構築したことが評価されました。この記事ではまなべしゅくろう氏の家族や経歴について調べてみました。
真鍋淑郎(しゅくろう)の家族は全員医師か「地元で知らない人はいないくらいの家系」
真鍋淑郎は愛媛県の現在は四国中央市(以前は字摩郡新宮村)出身です。調べた結果、実家は祖父の代から続く村唯一の医院で家系もかなり優秀だったのですね。当時の医師というのは今のようにレントゲンやCTなどがなく経験則で病気の判断や薬の調合までしなければいけませんでした。真鍋淑郎氏の祖父も父親も村民からは「神様」のような対象だったことでしょう。
そんなまなべしゅくろう氏は医師にはならずに子供の頃から興味のあった気象分野へすすみます。現在はアメリカ国籍を取得しており、厳密にいうとアメリカ人となります。真鍋淑郎氏が結婚して妻や子供がいるのかも調査してみました。
プリンストン日本人会という団体が2020年3月21日に「気象学者 真鍋淑郎博士との座談会」というイベントを開催するのあたっての資料を入手。オレンジのマーカーに注目。
奥様にも学者の妻としてのエピソードを語ってもらう予定だったことが分かります。これで真鍋しゅくろう氏は結婚しているのは確実となりました。次に子供や孫の有無。90歳という年齢からして子供だけでなくひ孫がいても不思議ではありません。ところが、ご子息関係については情報が無いため引き続き調査していきます。
真鍋淑郎氏の家系である医師の道へ進んだのか、もしくは父の背中を見て気象学の研究分野に就いている可能性も。
真鍋淑郎の妻や息子も凄い「最強DNAをちゃんと受け継いだ」
真鍋淑郎氏の奥様は信子さんといって表千家の茶道を教えていたことがわかりました。
実際にお茶会に参加した方のコメントがコチラ。
実際にお茶に対してアドバイスをしている様子もありました。
信子さんは料理も腕前もピカイチで以前は日本料理を教えていた過去も。茶道に日本料理、異国の地で日本文化を伝えていくなんて尊敬の眼差しで見てしまいます。
また娘さんは渚さんといって現在58歳。5歳の時に淑郎氏と信子婦人と共に渡米。プリンストン公立学校を卒業してイエール大学へ入学。ハーバード大学ビジネススクールやハーバード大学経営大学院でMBAを取得されており、かなりの知能指数をお持ちのかたです。
モルガン・スタンレー証券でのアナリストしての勤務歴やチョコレートで有名なゴディバのゴディバ北米の商品開発責任者として勤務していました。現在はヨガインストラクターとしてのんびり暮らしているそうな。
渚さんはオスカーさんというアメリカ人と結婚しています。
オスカーさんはラトカーズ大学海洋沿岸科学部の議長兼教授を兼任。物理と化学がどのように海洋系生態と関係しているのか研究しており、植物プランクトンの生態と生理学をメインに調べています。どこか義理の父である淑郎さんに通ずるものがありますね。
渚さんとオスカーさんの間には娘2名と息子1名の計3名の子供がいます。
- サマンサ(長女)
- トビアス(長男)
- アレグラ(次女)
渚さんの年齢からみても、子供たちは社会人として働いている可能性が高いですがどのような職業についているのか気になります。2014年には夫婦でキングストンにある山陽農場を購入。家族で「Riverstoan農場」と名付け営んでいるとのこと。
真鍋淑郎(しゅくろう)の高校や大学などの学歴「幼少期から勉強三昧で外で遊ばない」
真鍋淑郎氏のプロフィールをチェック。
- 名前:真鍋淑郎(まなべしゅくろう)
- 生年月日:1931年9月21日
- 年齢:90歳(2021年10月現在)
- 学歴:新宮尋常高等小学校–>>愛媛県立三島中学校(現在・愛媛県立三島高等学校)
三島中学卒業後は東京大学理学部地球物理学科へ進学し1953年に卒業。大学卒業後はそのまま大学院へ進学し1958年大学院博士課程修了。当時、愛媛県の田舎から東京大学へ合格するだけでも町中大騒ぎだったことでしょう。さすが医師の息子だけあって勉強は相当優秀だったのですね。
渡米してからの大まかな経歴はこちら。
- 1958年:国立気象局(現在・アメリカ海洋大気庁)へ入職
- 1968年:プリンストン大学客員教授を兼任し、1997年日本へ帰国する。科学技術庁地球フロンティア研究システム地球温暖化予測研究領域長に就任
- 1989年:気候変動の数値モデルによる地球温暖化予測の研究が科学雑誌「ネイチャー」に掲載
- 2001年:再渡米しプリンストン大学研究員へ就任
真鍋淑郎氏の研究分野は海外からの評価もかなり高く、これまでに多数の受賞を受けています。その数なんと13回。13回目にしてノーベル賞を受賞するなんてご本人もかなり嬉しかったでしょう。
1966年:藤原賞(日本気象学会)
1967年:Clarence Leroy Meisinger賞(アメリカ気象学会)
1970年:米商務省ゴールド・メダル
1991年:カール=グスタフ・ロスビー研究賞(アメリカ気象学会)
1992年:第1回ブループラネット賞
1993年:Roger Revelle Medal(アメリカ地球物理学連合)
1995年:朝日賞 1997年:ボルボ環境賞
2007年:マギル大学より名誉博士号
2010年:ウィリアム・ボウイ・メダル(アメリカ地球物理学連合)
2015年:ベンジャミン・フランクリン・メダル
2016年:BBVA Foundation Frontiers of Knowledge Award
2018年:クラフォード賞
2021年:ノーベル物理学賞
真鍋淑郎(しゅくろう)のノーベル物理学賞2021を手放しで喜べない理由
まなべしゅくろう氏が2015年の梶田隆章氏以来の受賞で日本が歓喜に包まれていますが、果たして手放しで喜んでいいのでしょうか?真鍋淑郎氏はアメリカ国籍なので日本人であるがアメリカ人となるのでアメリカ人の受賞となります。以前より日本の研究分野のバックアップが不完全でこのままでは能力のある人材が海外へ流出し最新鋭の技術分野において遅れをとることは指摘されていました。
「アメリカに渡ったのが正解でしたね」とこれ以上にない皮肉たっぷりなコメントです。
こういう素晴らしい研究者が多数海外に移住しているという事は、長年日本が研究者や技術者を軽視している証左であり、ほぼ取り返しのつかないところまで来ています。
優れた人材が海外へ帰化していけば、20年後には今のドイツのようにノーベル賞とは無縁な国となっているとの意見も。今回の受賞ニュースでお祝いのコメントもありますが、どちらかというと日本人だけどアメリカ国籍なのでアメリカ人の受賞。日本はこの事態をもっと直視すべきとの意見が多かったです。
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